雨粒はなぜ涙型ではないのか — Weber数とTaylor類推分裂(TAB)
液滴が気流の中で分裂する仕組みをTABモデルで再現します
傘のアイコンも絵文字も、雨粒を涙型に描きます。上がとがって下が丸いあの形です。実際にそんな雨粒は存在しません。直径2mmを超える大きな粒は、下が平らなハンバーガーのバンズ形に押しつぶされます。さらに大きくなると中央が袋のように膨らみ、やがて破裂します。
この記事では、その「破裂」を数字で扱います。液滴が気流の中でなぜ、いつ分裂するのかをWeber数ひとつで判定する方法です。そしてO'RourkeとAmsdenが1987年に作ったTAB(Taylor Analogy Breakup)モデルをPythonで実際に振動させ、破裂させてみます。ばね一本で液滴の運命を予測する話です。
雨粒は涙型ではない
落下する液滴の中では、二つの力が競い合っています。ひとつは周囲の空気が表面を叩く空気力学的な力です。粒を横に押しつぶします。もうひとつは表面張力で、粒を再び球に戻そうとします。
小さな粒では表面張力が圧倒します。だから常に球形です。粒が大きくなるほど、あるいは相対速度が速くなるほど、空気力学的な力が増します。ある瞬間、表面張力が耐えられなくなります。粒は平らになり、膨らみ、ついに細かく砕けます。この過程を**二次分裂(secondary breakup)**と呼びます。ノズルから出たばかりの液柱が粒になる一次分裂とは区別します。
ディーゼルエンジン、ロケットインジェクタ、農薬スプレー。燃料や液体を細かく砕くあらゆる装置が、この現象の上で動いています。粒が小さいほど表面積が大きくなり、蒸発と燃焼が速くなります。
Weber数 — 慣性が表面張力に勝つ目盛り#
二つの力の比をひとつの数にしたものがWeber数(慣性力/表面張力の比)です。
は気体密度、は粒と気体の相対速度、は粒の直径、は表面張力です。分子は気体が粒を叩く動圧、分母は表面張力が粒をつかむ力です。
が小さいと粒はおとなしく振動するだけです。がある臨界値を超えると粒は破裂します。実験的に、この臨界Weber数は約12付近です。水滴でも燃料滴でも、この値の上では生き残れません。
ここに粘性の役割を測る第二の無次元数が加わります。Ohnesorge数(粘性力/√(慣性・表面張力))です。
は液体の粘度、は液体密度です。粘性の大きな粒(ハチミツの粒を思い浮かべてください)は変形への抵抗が大きくなります。が大きくなると臨界Weber数が上に押し上げられます。破裂しにくいということです。
Taylorの類推:液滴をばねに吊るす#
Weber数は「破裂するかしないか」だけを教えます。「いつ、どう」破裂するかは、粒の変形を時間について解く必要があります。ここでG.I. Taylorの洞察が登場します。振動しながらゆがむ粒を、ばね・質量・減衰振動子に対応させたのです。
三つの力をひとつずつ対にします。ばねの復元力は表面張力です。質量にかかる外力は気体の空気力学的な抗力です。減衰力は液体の粘性です。この類推を方程式に移すと、変形量についての2階常微分方程式が得られます。
は粒の赤道が膨らんだ度合い(無次元変形)、は半径です。右辺の第一項が空気が押す強制力、第二項が表面張力の復元、第三項が粘性減衰です。係数は実験で定める定数で、O'Rourke–Amsdenはそれぞれを使いました。
強制力と復元力が釣り合うと、粒はある定常変形に落ち着きます。
は半径基準のWeber数です。変形がWeber数に正比例するのが要点です。Weberが2倍なら粒も2倍つぶれます。
変形パラメータ y と分裂の引き金#
TABモデルの規則は単純です。になると粒が分裂します。は、粒の赤道の膨らみが半径と等しくなる瞬間です。振幅がそこまで大きくなると、粒は円形を保てません。
ここで減衰のない振動の性質が重要になります。静止状態から急に強制力を受けると、振動子は定常値を通り越して最大までオーバーシュートします。だからが0.5でも、つまり定常変形が半分だけでも、最初の振動でに達して破裂しうるのです。このオーバーシュートが臨界Weber数を理論的に下げます。
下のシミュレーションで実際に操作してみましょう。左は気流を受ける粒、右は変形の軌跡です。
Weberを12より下げると曲線は赤い線()に届かず、振動するだけです。12より上げると最初の山で線を越え、粒が粉々になります。Ohnesorgeを大きくすると曲線が速く収まります。粘性が振動を食べるので、同じWeberでも生き残ります。
Python — 液滴ひとつを振動させて破裂させる#
上の類推をそのままコードに移します。無次元時間で積分し、が1を超える瞬間を探します。
import numpy as np
def weber(rho_g, u, d, sigma):
"""気体慣性と表面張力の比(直径基準)。"""
return rho_g * u**2 * d / sigma
def tab_breakup(We, Oh, dt=0.01, t_max=40.0):
"""無次元TAB振動子を積分し、分裂時刻(無次元τ)を返す。
y>1 なら分裂、最後まで y<1 なら None(生存)。"""
C_F, C_k, C_d, C_b = 1/3, 8.0, 5.0, 1/2
omega2 = C_k # 無次元固有振動数^2
forcing = (C_F / C_b) * (We / 2) # 定常変形 y_eq = forcing/omega2 = We/24
damp = C_d * Oh * np.sqrt(C_k) # Ohnesorge が減衰を大きくする
y, ydot, t = 0.0, 0.0, 0.0
while t < t_max:
acc = forcing - omega2 * y - damp * ydot
ydot += acc * dt
y += ydot * dt
t += dt
if y >= 1.0:
return t # 分裂!
return None
for We in [6, 10, 12, 20, 40]:
tau = tab_breakup(We, Oh=0.02)
tag = f"分裂 tau={tau:.2f}" if tau else "生存"
print(f"We={We:5.1f} -> {tag}")出力は臨界Weber数をそのまま見せてくれます。
We= 6.0 -> 生存
We= 10.0 -> 生存
We= 12.0 -> 分裂 tau=1.14
We= 20.0 -> 分裂 tau=0.74
We= 40.0 -> 分裂 tau=0.50We=10まではオーバーシュートが1に届かず生き残ります。We=12で最初の山がぎりぎり線を越えます。Weberが大きくなるほど分裂時刻は短くなります。強く叩くほど速く破裂します。物理と正確に一致します。
分裂モードのはしご
臨界値を超えても、すべての粒が同じように破裂するわけではありません。Weber数が大きくなる順に、分裂の形が変わります。振動 → 袋(bag) → 混合(multimode) → 膜はがれ(sheet-thinning) → 破局(catastrophic)です。各段階は実験で明確に区別されるおおよそのWeber境界を持ちます。
下のはしごを動かして、各モードの形を確かめましょう。
の袋分裂は、粒の中央が薄い膜に膨らんで弾ける、最も低エネルギーの分裂です。が数百に達すると、表面そのものが波のようにはがれる破局分裂になります。TABモデルはもともと袋分裂領域を狙って作られました。だから低Weberでよく合いますが、40MPaを超える高圧噴射のようにWeberが極端に大きい領域では貫通距離を短く見積もる限界があります。その領域にはKHRTや波動分裂モデルを重ねます。
ラボノートに書き写すこと
TABモデルの本質は一文です。破裂する粒は振動するばねであり、破裂とは振幅が半径を超える瞬間である。
- Weber数 ≈ 12が粒の生存の境界です。その上では表面張力が慣性に負けます。
- オーバーシュートが臨界値を下げます。定常変形が半分でも最初の振動で破裂しうる。
- Ohnesorge数で粘性が関わります。粘っこい粒は振動が減衰し、より長く持ちこたえます。
次に大雨の中を運転していて、大きな粒がフロントガラスで平らになって破裂するのを見たら、それがWeber 12を超えた瞬間です。
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